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  更新時間:2000年11月03日16:57(北京時間)

日中漢字文化の異同について

  村田 忠禧

  報告者は2000年3月末に「日本と中国の漢字使用状況の比較研究」と題する論文を平成九年度〜十一年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2)研究成果報告書『国際的情報交換の視点にたった東アジアの漢字文化の個別性と共通性についての研究』(研究代表者村田忠禧2000年3月31日発行)に発表した。

  そこでは日本と中国の漢字の使用状況について、1)政治演説(具体的には日本の場合には国会での首相演説、中国では党大会政治報告)、2)新聞(『朝日新聞』と『人民日報』)、3)教科書(日本の中学『国語』、中国の中学『語文』)、4)それぞれの国の人名と地名、という四つの分野で分析と比較を行ない、それらの分析結果をもとにして、それぞれの国の情報交換用漢字符号集(日本ではJISコード、中国ではGBコードと通称されているもの)の抱えている問題点を明らかにした。本報告は基本的にこの研究成果を踏まえ、日本と中国がコンピュータ時代にふさわしい漢字文化を築き上げてゆくうえで重視すべき点を紹介したい。したがって根拠となる具体的なデータを本報告そのものでは多く紹介しない。詳しく知りたい方は報告書そのものを読んでいただきたい。

  日本語の漢字総合結果について。

  日本語の漢字使用状況について、報告者が政治、新聞、教科書、人名・地名について、JIS漢字符号集との関係という視点で分析した結果は表1の通りになる。

  この表で「教育」とあるのは「教育漢字表」1,006字として指定された日本語における最も基本的な漢字集合であり、次の「学年」とはその小学校段階での漢字教育における学年別配当を示す。「常用」とは教育漢字には含まれないが常用漢字表において指定されている939字の漢字群を指す。したがって常用漢字全体としては1,945字になる。この他に「人名用漢字別表」として人名の場合に使用することが許容される漢字が285字あり、表1ではそれを「人名」で表記した。JIS第一水準漢字集合には245字含まれ、第二水準漢字集合には40字ある。つまり第一水準漢字集合2,965字のうち、教育漢字、常用漢字、人名用漢字のいずれにも属さない漢字は775字であり、第二水準漢字集合3,390字のうち、人名用漢字に属さないものは3,350字である。

  「字種」とは異なり字、「延べ総数」とはその累計を意味する。まず明確にしておかねばならない事実は、このデータはJIS漢字符号集に含まれるものを集計したものであり、JIS漢字符号集には含まれない、いわゆる外字はこの統計結果には入っていないことである。

  報告者が調査した日本語の8,777,630字におよぶ漢字情報は、実は6,355字あるJIS漢字集合のうちの4,710字(74.11%)のJIS漢字集合から成り立っている。その内訳は字種の数からみれば第一水準漢字2,951字、第二水準漢字が1,759字であるが、実際の出現回数からみれば、第一水準漢字だけで99.79%をカバーし、第二水準漢字はわずか0.21%を占めるにすぎない。

  一瞬、わが目を疑いたくなるような結果であるが、これが日本語の漢字使用の実際なのである。特に注目すべきことは、教育漢字は1,006字すべてが用いられており、その出現総数は全体の88.26%に達することである。さらに教育漢字以外の常用漢字をも含めた常用漢字表に含まれる1,945字のうち1,943字が使用されていて、一度も使用されていないのは2字だけである。それは「璽」と「朕」であり、主権在民の日本国憲法下にあってはこれらが使われないのは当然の結果である。大日本帝国憲法下においてしか使われない漢字をいつまでも常用漢字表に残していることこそ問題なのである。

  そのような問題を残している常用漢字表ではあるが、1,943字で日本語漢字の97.97%をカバーできるという事実はすばらしいことと評価できる。この事実は日本語を学ぶ外国人への漢字教育においても重要な意味を持つはずである。

  もう一つ注目すべき事実は、JIS漢字符号集6,355字のうち、25.89%に相当する1,645字の漢字が報告者の調査では一度も使用されていない、という点である。この件については後半でもう一度問題にする。

  表2「日本語全データにおける覆蓋率の状況」が示すように、99%をカバーするには字種として1,720字必要だか、それを99.9%に引き上げるには、さらに字種を1,050字増やす必要があり、99.9%から99.99%に引き上げるのに要する漢字字種は1,197字となる。JIS漢字符号集には不必要な漢字がかなり多く含まれている。それらのほとんどは異体字であり、中には誤字すら含まれている。したがってJIS漢字符号集に含まれる漢字をすべて使用するということは現実の日常的な言語環境のもとでは不可能である。

  中国語の漢字総合結果について。

  漢字のみを基本文字としている中国語の場合はどうか。報告者が本研究のために集めたデータの統計とともに、すでに中国で行なった統計、すなわち。 1)『漢字頻度統計−速成識読優先表』貝貴琴張学濤匯編、電子工業出版社、1988年4月。 2)『現代漢語字頻統計表』国家語言文字工作委員会国家標準局編、語文出版社、1992年1月。の統計結果にもとづいて得られたデータ(以下、それらを既統計と呼ぶ)とを総合した結果は表3「中国語の総合分析結果」の通りである。ただしこのデータにはGB漢字符号集に含まれない漢字をインターネット上で表示するために漢字構成素(部首を表示するために使われるのであって、本来の印刷文字の世界では基本的に出現しないもの)をも加えているので、いくらか修正する必要のある数値である。

  この表における「既統計」とは中国で行なった漢字の総合調査結果であり、「新統計」とは報告者の行なった調査結果である。「既統計」と「新統計」では漢字の延べ総数においては3億字強でほぼ同じであるが、字種の数では「既統計」のほうが390多い。これは「既統計」が対象にした分野がより広範であるためである。

  興味深い結果は第一級漢字では1字だけ「新統計」において使用されない漢字があるだけである。「既統計」の出現頻度順にもとづいて最常用(1)、常用(2)、次常用(3)、稀用(4)と分類してみたが、その分類を「新統計」に適用した場合、わずか2字のみ「新統計」において出現しないだけであって、常用までの範囲では分類枠までまったく同じである。延べ数においてもそれほど大きな変化はない。すなわち出現頻度にもとづく分類はきわめて有効であることを示している。

  「既統計」と「新統計」を合計した総合結果で見てみると、第一級漢字3,755字で一度も使用されたことのないものはない。全体に占める第一級漢字の延べ数の割合は99.67%に達する。さらに第一級漢字であって1〜3までの分類に入る次常用以上の漢字1,499字だけでも95.40%になる。第二級漢字は、字種としては2,838字と多いが、それが延べ数に占める割合は0.33%を占めるに過ぎない。中国語全漢字データにおける覆蓋率を調べると次のような結果になる。すなわち覆蓋率を90%から99%に高めるためにはあと1,558字、99%から99.9%にするにはあと1,715字、99.9%から99.99%にするのに1,287字、99.99%から100%にするには1,044字必要となる。このような傾向から類推するに99.99%から99.999%まで高めるためには1,000字以上の字種が必要となるであろう。

  これらのデータから、漢字という文字は、一定の範囲内(例えば次常用字程度まで)では大変効率のよい文字体系であるが、それを越えると次第に非効率的なものに変化し、文字としての機能が低下し、図形的な要素が強まってゆくことがわかる。この件については周有光が橋本万太郎・鈴木孝夫・山田尚勇偏『漢字民族の決断』大修館書店、1987年6月発行で「漢字には顕著な効用逆減率が見られる」として次のような一般的な数値を紹介しているが、報告者の分析結果はそれと大きく異なるものではない。周有光『漢字民族の決断』426頁の表より。

  中国の情報交換用漢字符号集(GB)における第一級、第二級の区分は、日本のJIS漢字符号集を参考にしたものだが、漢字の選別は使用頻度の統計結果にもとづいており、したがって、日本語のJIS漢字符号集よりもはるかに効率のよい漢字コード体系になっているのである。

  日本語と中国語を総合してみる。

  中国語には簡体字と繁体字という二つの漢字表記体系が存在するが、それは漢字の具体的な表現形態が違うだけのことであって、用法が異なるわけではない。「国」と表記しようが、「國」と表記しようが、発音も意味も文法的機能も変わるわけではない。日本語と中国語の場合には、言語が異なるので、用法(例えば発音、意味、文法的機能)は異なる。字形も簡略化の仕方によって異なる場合もある。しかし言語によって異なった使用法があろうとも、文字としての漢字は基本的には共通している。それはアルファベット文字が言語の違いを越えて全世界で利用されているのと同様である。

  漢字は一定の範囲内の文字集合である時には、とても効率のよい文字体系と見なせるが、その範囲を越えると、非常に効率が悪くなる。

  日本語でも中国語でも覆蓋率が99.9%を達成する程度の漢字までが、日常的によく使われる漢字といえる。日本語の場合には本調査の総合データでいえば、それは出現頻度2770位程度となる。しかもこの数値はJIS第一水準漢字の2,965字とほぼ近い。中国語の場合には本調査の総合データでいえば、出現頻度上位から4262位程度の漢字となる。この数はGB第一級漢字の3,755字より一割強多い数である。そこで日本語で99.9%をカバーできる漢字と、中国語で99.9%をカバーできる漢字を合計すれば、日本語も中国語も99.9%はカバーできるという計算になる。その数は本調査結果を単純合計すれば7,032字となる。しかも字形という表現の違いを問題にせず、相互に対応しあう漢字がある場合には同一の漢字と見なすことにした場合、この単純合計の7,032字よりもはるかに少なくなる。以下に99.9%に達するに必要とする字種を頻度順に並べた漢字表を、GB漢字集合を基礎にしてJIS漢字集合を重ね合わせた場合と、JIS漢字集合に基礎にしてGB漢字集合を重ねた場合に、実際にどれだけの字種が必要となるかを調べた結果を示してみる。

  この際、重ね合わせることができるか否かの基準は字形が相似かどうかにのみ依存する立場は採らない。この点はいわゆるユニコードの考え方とは明確に異なる。字義、音の関連性など文字としての共通性を総合的に判断する。その結果はGBを基礎としたのが表4 「GBで中国語・日本語を99.9%」、JISを基礎としたのが表5「JISで日本語・中国語を99.9%」である。

  GBで表現できないJIS漢字は70字しかない。それらは以下の通りである。もしGB漢字符号集にこれら70字が加われば、GB漢字符号集で日本語も99.9%程度カバーできることになる。それにたいしてJISの場合には表現できないGB漢字の数は7倍以上の511にもなる。それを紹介すると以下の通りである。GB漢字符号集に欠けているJIS漢字符号集の上位2770以内の漢字は、ほとんどが和製漢字、「和字」とか「国字」と呼ばれるものである。それにたいしてJIS漢字集合に欠けているGB漢字集合の上位4626以内の漢字は多種多様である。

  漢字のみを基本文字とするか、漢字とかなの併用を基本とするかの違いがここにも現われている。JIS漢字符号集はあくまでも日本語の漢字コード体系であって、必ずしも中国語を99.9%カバーできるようにする必要はない。GB漢字符号集の場合も同様である。中国語の漢字でJISに加える必要があるのは、あくまでも人名、地名といった翻訳不能な固有名詞の表記に用いられる漢字である。ただGBにあと70字プラスすれば日本語も99.9%表現可能である、あるいはJISにあと511字プラスすれば中国語も99.9%表現可能である、という事実は、本当の意味での漢字文化圏全体の統一されたコード体系を考えるうえで貴重なヒントを与えてくれる。

  字形にとらわれない漢字の世界。

  そしてこの本当の意味での統一されたコード体系というのは、字形にとらわれることのない、理念型としての漢字のコード体系であり、その極限形態は「点字」の世界である。報告者はこの点について、日本に八点式の点字コード体系で日本語漢字を表現できる「漢点字」の存在を知り、それを発展させた形としての「国際漢点字」の可能性と必要性についての提言を行なったことがある(日本中国語学会編『中国語学』240号、1993年所収の村田忠禧「点字による漢字表記の必要性と可能性――国際漢点字の創出に向けて」)。

  今回の日本と中国の漢字の使用状況についての調査は、この提言の有効性をいっそう明確にすることができた。多くの人々がこの点字の問題に関心を寄せ、点字という、形にとらわれない世界での東アジアの共有の漢字文化を創造することに、英知を結集していただきたいものである。

  盲人にとって、発音のみしか表現できない点字はやはり不便である。それは晴眼者が日本語で印刷された文章を、かなだけで読むとか、中国語の文章をピンインローマ字だけで読むのが大変不便であるのと同様である。筆者は以前、香港で、香港の中国復帰後、それまで広東語の点字を覚えてきた香港の盲人にとって、もし今後、本土との一体化が進み、普通話としての北京語の点字を学ばなければならないことになると大変な負担になると心配している、という話を聞いたことがある。

  中国語の点字も日本語の通常のかな点字と同様、発音しか表わさない。したがって広東語の点字と北京語(普通話)の点字とではまったく通じない。それだけではない。台湾の点字(こちらは「国語」の点字であり、基本的に発音は普通話と同じである)と大陸の普通話の点字も異なる。つまり北京、台北、香港の盲人にとって、現時点では点字による直接の文通はできないのである。もし漢字を表現できる点字が存在すれば、このような不便は存在しなくなる。ぜひ点字という究極の文字コード体系でまず漢字の再統一を実現したいものである。

  日本語における外字。

  JIS漢字符号集をめぐる議論で「文字が足りない」という主張の多くは、実は過去に存在したことのある一切の漢字にコード番号を与えよという主張や、異体字や俗字、誤字など規範化されていない漢字にもコードを与えよ、とする主張である。この世に存在したことのある漢字をすべて蒐集しようとする作業自体は意義あることだが、そのためには一切の漢字を画像データとして保存し、分類番号をつければよいのであって、コンピュータでの情報交換用漢字符号集の問題とは同一ではない。

  コンピュータで漢字を処理するうえでコード化すべき対象になる漢字とは、実際にコンピュータを使って現代日本語を出入力するのに必要な漢字であって、「化石化」した漢字まですべて組み込むという観点は放棄すべきである。日本語の場合、異体字問題が正しく解決されていないことが、コンピュータにおける漢字問題の混乱を招いている原因である。

  森鴎外の「鴎」は旧字体でなければならない、というような議論をよく見かけるが、森鴎外という特定の固有名詞を表現する時に特に旧字体を用いなければならない理由がどこにあるのか。もし森鴎外が実際に本人を表現するのに旧字体を用いていたのだから、森鴎外を表現する時には旧字体を用いるべきである、というのであるならば、彼の場合だけ旧字体を用いるというのはきわめて不公平・不徹底である。すべての漢字を森鴎外が生きた時代と同じようにすべきだろう。

  それだけでない。仮名遣いも歴史的仮名遣いにすべきである。その時代に用いられた漢字はすべてそのまま用いるべき、というのであるなら、聖徳太子や孔子の時代の場合はどのような表現をすればよいのか。森鴎外だけを特別扱いする根拠はまったくない。このような主張は、文字を印鑑のように考える人々の発想であり、文字を特定の事物・事象に付随するもののように考えているのである。しかし文字そのものは特定の事物・事象に結びつくものではない。文字は抽象的な概念であるからこそ文字なのであって、個々の事物に従属するものであれば、図形、印鑑と変わらなくなってしまう。理念型であるからこそ、さまざまな文字が活発に結合しあって豊富多様な語彙を生み出し、思想や感情を呼び起こすことができるのである。

  JIS漢字符号集に多くの異体字が存在していることが、人々の混乱を引き起こしている源である。「タタミ」を表現するのに「畳」、「疂」、「疊」、「疉」の4種類もの漢字が存在する。通常、コンピュータで「たたみ」を入力して漢字に変換した場合、「畳」しか現われないようになっているため、あまり実害は発生していないが、それは入力と変換を制御するソフトウエアのおかげである。現実の「タタミ」は地域によって規格が異なり、江戸間、京間などと呼ばれるそうであるが、「畳」と書いた時には江戸間を、「疂」の場合には京間を指す、というような区別があるわけではない。すべて同じ「タタミ」なのである。つまり「タタミ」を代表する漢字は一つでよいのであって、他は排除すべきであり、現代日本語表記にとって価値のない情報である。

  JIS漢字符号集にはこのような役に立たない、ゴミのような漢字が実に多い。それどころか本来、誤字とすべき漢字もJIS漢字符号集で定義づけられている。かつて漢和字典の多くは、編者の識見からそのような誤字を字典に収めることを拒否してきたが、出版社の営業上の理由からJIS漢字コードの全漢字を収めることを余儀なくされ、現在の漢和字典のほとんどが誤字を字典に収録している。しかしJIS漢字符号集はそれを制定する段階で、それまでコンピュータを扱う各社が独自にコード化してきた漢字データの重なり度にもとづいて便宜的に決めたものにすぎない。それがいつの間にか権威づけられ、あたかも現代日本の漢字に関する基準データであるかのように誤認されている。われわれはよくない文字集合であると知りつつも、これを利用しないわけにはいかないというのが現状である。

  今回の調査ではJIS漢字集合6,355字のうち、一度も用いられなかった漢字は1,645字に達した。調査対象をもっと拡大すれば使われたことのない漢字の数を少なくすることはできるが、一度も出現しない漢字をゼロにするということは現実には不可能である。ゴミのような余分な漢字を排除すれば、JIS漢字符号集はもっと身軽になれる。そしてそれは日本語の現状により合致したものとなりうる。そして本当の意味で足りない漢字を新たに追加することが可能となる。意味、発音、用法はまったく同じで、ただ字形が若干異なるだけにすぎない異体字の存在は混乱をもたらし、貴重なコード領域の浪費であり、きっぱりと排除すべきである。またそれらを排除したところで実害は発生しない。規範化された文字のみにコードを与えるという観点をしっかりと立てるべきである。

  日本は明治維新で近代的な統一国家への道を歩み出したが、全国の共通語としての日本語(国語)の普及は国家の重要な政策として取り上げられ、今日「標準語」と呼ばれる共通語としての現代日本語が形成されるようになった。発音、文法、仮名表記等においてはすでに基本的に標準化が成し遂げられたが、漢字の改革、標準化はさまざまな歴史的要因のため正しく解決されないまま今日にいたっている。問題山積のままコンピュータ時代に突入したため、情報交換用漢字符号集にも未解決の問題が引き継がれてしまった。JIS漢字符号集が制定されたことによって、われわれが今日、コンピュータで漢字を扱える利便性を享受できているという成果は大いに認める必要はあるが、同時に、漢字をめぐるさまざまな混乱はJIS漢字符号集の登場によって解決されたのではなく、むしろ増大していることも認識する必要があろう。

  不要な漢字は排除すべきだが、必要な漢字は組み込むべきである。必要な漢字というのは、他の漢字では置き換えることのできない、現代日本語にとって掛け替えのない漢字を指す。これまでの検討から、そのような漢字で今後組み込むことを検討する必要のある漢字は、固有名詞の表記に使用されるものである。しかしいくら固有名詞とはいえ、異体字や俗字が使われている場合には、規範的な漢字を採用するよう推奨すべきである。文字は印鑑・花押の世界とはまったく異なるものなのだから。

  しかし事態は逆の方向に進みつつある。コンピュータの処理能力が向上したことで、さまざまな字形の文字も扱えるようになったから、むしろ誤字や異体字であることが明白であっても、それを用いるべきである、との考えが主流になっている。とりわけ政府や一部の政治家たち自身が戸籍や人名表記でそのような対応を示しているが、それは漢字の現代化に逆行する動きである。

  もう一方で、考慮しておくべきことは、コード表に収まり切らない漢字を表示するために、漢字の構成素(偏旁)すべてにコードを与えておくことである。この措置をしておけば、表外漢字であってもどのような漢字であるかを明確に伝達できる。現在もJIS漢字符号集には一部の偏旁についてはコードが割り振られているが、それをより徹底させる必要があると思われる。またこれまで使用されたことのある漢字の画像データベースを完成させ、必要な時に随時それを簡単な方法で利用できるよう公開されたソフトウエアを開発することだと思う。

  中国語の外字。

  中国語の場合には異体字の整理をすでに行なっていたので、日本語の場合のような水増しコード体系にはなっていない。GB漢字集合の6,763字のうち、今回の調査で6,593字が出現し、一度も使用されていない漢字はわずか170字というのは、日本語のJIS漢字集合に比べ、いかに優れたものであるかがわかる。

  漢字集合を選定する時に、実際の中国語の使用状況についての分析にもとづいて行なったことが大きな要因であり、中国が漢字の使用状況の調査を本格化させたのが日本よりも遅れ、七十年代に入ってからであるという、後発者の有利さが発揮されている。しかしGB漢字集合にもいろいろ問題があることが判明している。具体的な例を挙げると、朱鎔基総理の「鎔」がGBには存在しない。これは異体字の整理・統合の過程で、「鎔」は「熔」に統合されたにもかかわらず、そのような整理・統合が行なわれる前に朱鎔基という姓名の人物がこの世に登場していたためである。したがって簡体字中国語の原則に則れば「朱鎔基」は「朱熔基」と表記すべきところだが、実際には整理したはずの「鎔」を用いている。ちなみに日本語では「熔」は第一水準、「鎔」は異体字として第二水準に収められている。異体字問題が一筋縄では解決できないことの一例といえよう。

  インターネットの爆発的な普及は中国語におけるGB漢字集合の不十分さを明確にさせた。人名や地名のデータを調べると、現代中国語の世界に実際に存在しながら、GB漢字符号集には組み込まれていない漢字がまだかなり存在することが明らかになっている。全国人民代表の第九期全国代表大会名簿2,979名のうち20名の名がGB漢字符号集では正しく表現できない。この他に、GB漢字符号集を制定するにあたって、中国語以外の漢字のことは考慮されていないため、「辻」、「畑」、「梶」といった日本では人名・地名によく使われる漢字がGBには存在していない。翻訳不能な固有名詞の漢字はその言語で通常使用されなくとも組み込んでおく必要がある、ということについてはすでに述べた通りである。

  現在、中国では新しい漢字符号集GB18030というものを検討中で、それは27,484字の漢字集合になり、今年末までにそれを公表するとのことであるが、はたしてそれが国際的な情報交換という視点に立って、中国語以外の漢字文化にまで配慮した漢字符号集であるのかどうか、いささか気がかりである。

  まとめ。

  日本語と中国語では漢字の使用状況には共通性と個別性が存在する。両者に共通する点は以下のようなことである。

  1)日本語でも中国語でも実際に使用されている漢字の異なり字の総数は数千の単位であって、数万ではない。字種の数は調査する対象が多方面になり、また数量も多くなれば、当然のことながら増大するが、中国語の場合にはおよそ7,000程度、日本語の場合には5,000程度であって、それ以上急激に増大することはありえない。

  2)中国語でも日本語でも活発に常用される漢字とそうでない漢字の集団があり、それぞれの実際の使用量はかなり異なる。中国語の場合には使用頻度の上位3800から4300位程度の漢字で99.9%以上の覆蓋率を達成することができる。日本語の場合には使用頻度の2800から3000位程度で99.9%以上の覆蓋率を達成できる。これら常用的な漢字の集団を把握することが漢字をめぐるさまざまな問題を解決するうえの鍵となる。

  3)漢字の問題を考えるうえで、中国語や日本語というそれぞれの言語の中だけで漢字の問題を考えてはならない。とりわけ人名や地名など固有名詞は翻訳不能なものであり、たとえその言語独自では使用されることがない漢字であっても、漢字文化圏全体での情報交換という視点から、共通して利用できる環境を確保しておく必要がある。

  4)日本でも中国でもそれぞれ独自に情報交換用漢字符号集を制定し、漢字をコンピュータ時代に対応させるうえで大きな役割を果たしたが、いずれの漢字符号集も不十分な点が存在しており、将来全面的な見直しをする必要があると思われる。その際に東アジア漢字文化圏での情報の相互交流という視点を忘れてはならない。同時に、日本語と中国語の間では言語の違いなどの原因から、漢字にたいする対応に異なった側面が存在する。

  1)漢字のみを基本的文字とする中国語の場合には、漢字の改革を異体字の排除と漢字の簡略化、印刷用字形の確定という点に重点をおき、漢字の使用を制限するという発想にもとづく漢字政策は見られなかった。日本語の場合には漢字のほかに仮名文字という基本文字が存在するため、漢字の使用を制限することを目的とした改革が行なわれてきた。同時に、異体字を排除して規範的な漢字表記体系を確立することについては明確な指針を出さず、常用漢字に含まれる漢字のみ字形を簡略化し、それ以外の漢字は旧来の字形を用いるという方針を採用したため、新旧二つの字形が複雑に混在する状況が続いている。

  2)日本における漢字の使用を制限する政策は、教育用漢字、常用漢字という基本的な漢字を定着させるうえで積極的な役割を担ってきた。しかし常用漢字の中には今日の日本語における漢字の使用状況に合致していないものも存在しており、再検討が必要である。中国におけるGB漢字符号集の制定にあたって、使用頻度の統計にもとづいて第一級、第二級という区分をしたことはかなり効果を挙げている。それとの比較でいえば、日本のJIS漢字符号集の第一水準、第二水準の区分、あるいは漢字符号集への漢字の選定において、かなり重大な問題が存在しており、それが漢字問題としてさまざまな議論を呼び起こしている。

  日本でも中国でもこれまで漢字の問題はそれぞれの言語固有の問題であり、他の言語の干渉を受けないようにすることに力点が置かれてきた。それぞれの言語文化の独自性を保つことは重要なことではあるが、文字としての漢字は言語の枠を越えて存在する。それはアルファベットが英語にのみ限定された文字ではなく、日本語や中国語をも含む世界のさまざまな言語で使用されているのと同様なことである。このような観点から、漢字を文字として使用している東アジアの各種言語は、漢字の問題を共同して調査研究し、漢字文化の現代社会での役割、とりわけ高度情報化社会におけるその積極的活用について解明してゆく必要がある。そのためには何よりも正確に現実を把握する、より大規模で、より広範囲な漢字の実態調査が必要である。この点で報告者は今年の七月末に西安を訪れ、西安歴史博物館で秦の始皇帝が漢字を統一したことの説明を見て感慨深いものがあった。東アジアの漢字文化をただちに統一することは不可能である。しかし形にとらわれることのない点字の世界で漢字を表現することのできる国際漢点字を創造することは不可能ではないと思っている。

  村田 忠禧

  所属: 横浜国立大学


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