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「戦いと飢餓に備える、人民のための措置」--党創立から80年間のスローガン80(49)
1964年5月ごろからソ連とアメリカによる中国への軍事的脅威が増した。外国から侵略され、沿海地域が壊滅的打撃を受けて攻略される事態に備えて、中国共産党中央は、東部(一線)と中部(二線)での経済建設について、「停止」、「圧縮」、「移動」、「援助」といった措置を実行する一方、西部地域を戦略後方基地(三線)と位置づけ、経済力と技術力を集中して三線地域を重点的に建設した。毛沢東はこの方針について、「戦いと飢餓に備える、人民のための措置」というスローガンを用いて総括した。毛沢東は「第一に戦いに備え、人民と軍隊はいずれもまず衣食が足りてこそ、戦いに備えることができる。そうでなければ兵器があっても使うことができない。第二に飢餓に備え、地方に食糧、衣服、油などの備蓄がなければ、他省の援助を当てにしなければならず、根本的な解決にはならない。一旦戦争がはじまったら、困難な事態となる。また一部の地域では、いずれの省でも凶作になる可能性がある。増してやいくつかの省をまとめて見た場合、飢餓が起こりうる可能性はさらに高い。第三に国の蓄えは多すぎてはならない。一部の人民は今でも食糧や衣類が不足している状態にある。そして人民全体のために分散的に戦争や飢餓に備えることが重要だ。さらに地方に資金を蓄えるために生産拡大に努めるべきだ」と強調した。
このスローガンは冷戦期の中国の国際戦略防衛構想を総括するフレーズとなった。
「人民網日本語版」2001年8月7日
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