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つくる会は無駄な努力を行なっていたのか(論評)
人民網は23日、「つくる会は無駄な努力を行なっていたのか」と題する論評を掲載した。論評の主な内容は次の通り。
日本の終戦記念日に当たる8月15日は、中学校の教科書採択決定の最終期限日でもあった。採択率を見てみると、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書はわずか0.3%で、10%としていた目標には遠く及ばなかった。大敗を喫したつくる会は、果たして無駄な努力を行なっていたと言えるだろうか。答えはノーだ。
第一に、つくる会は日本の侵略戦争の責任を裁いた極東国際軍事裁判に対して批判的立場を掲げている。同じく敗戦国となったドイツではつくる会の揚げたような世論の多数が法律に追及されるに決まっているが、日本では侵略を肯定する主張が公然と政治の舞台に登場し、政界や経済界から支持を集めている。このような歴史に逆行する主張は、長い時間をかけて綿密に準備されてきており、多少の攻撃で歴史の舞台から消え去ることはない。
第二に、侵略の歴史を否定する勢力は一部の権力層と結託しており、またそれを裏から支援する者がいる。彼らは政界の各層に「代理人」を配し、抵抗勢力が衰えてきているのとは対照的に勢力を強めている。つくる会の歴史と公民の教科書が文部科学省の検定を通過し、東京や愛媛の教育委員会が採択を決定したことがこれを証明している。
第三に、つくる会の歴史と公民の教科書は、一般の書店で既に71万冊が販売され、好調な売上げを記録している。学生用の教科書がこれほど多くの大人たちに読まれるのは非常に稀なことだ。特につくる会が起こした世論の攻撃と文部科学省の「指導」による圧力で、今年は各出版社の歴史教科書が日本のアジア侵略の歴史部分を大幅に減らした。従軍慰安婦問題など日本の侵略戦争に関する記述の比較的多い出版社は、これまでにない排斥に遭い、採択地域を大幅に減らす結果となった。右翼勢力による教科書は、その出版の目的を果たしたといえる。
人の目をそらすために「窓を開けたければ、天井を崩すと叫べ」という方法が日本では使われ続けてきた。過去に多くの閣僚から「失言」が飛び出したが、つくる会の歴史教科書や小泉純一郎首相の靖国神社参拝でも、すべてこの伝家の宝刀が使われている。人々は天井が残っているのを見ると、彼らが本当は窓を開けたがっていることを忘れてしまう。この時、裏で黙々と次の計画を練っている人がいることを忘れてはならない。
「人民網日本語版」2001年8月24日
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