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論評「勝敗は一時、友好は長久」 8月3日夜、済南の競技場では日本チームが粘り強い闘志でバーレーンチームを破り、北京の競技場では中国チームがPK戦の末イランチームに勝利し、揃って8月7日のアジアカップ決勝戦への進出を決めた。中日両国はともにサッカーを重要視し、両国のレベルと成績はここ数年来で向上を続けている。両強の対戦は総力戦になるのが必至で、どちらが優勝しようとも、切磋琢磨を通じてアジアのサッカーのレベルをさらに高めることになるだろう。
しかし今回の試合に至る過程で、人々は「サッカーの中の政治」も目にしたようだ。中日両チームが優勝圏に近づくにつれ、政治的要素もヒートアップしつつある。これが日本政府上層部の、かつてない高い関心と不満、そして憂慮を引き起こしている。直接的な原因は、中国が開催国となった今回のアジアカップで、中国側サポーターが、日本チームにはほどんど声援を送らず、時に野次やブーイングを飛ばす場面さえ見られたことにある。また、日本の一部メディアは、この問題を別の主張に利用している。サッカーの試合の中で自然に現れたこうした市民感情は、明らかに中日政治関係の不仲を一側面から反映している。ここ数年来、森喜朗内閣による教科書改訂に始まり、李登輝氏による訪日の容認、小泉首相の4度にわたる靖国神社参拝に至るまで、中国人の心は、無神経な日本の政治家のために深く傷つけられてきた。日本チームが中国のサッカー場で受けた冷遇は、本来なら日本の政治家の反省を喚起するべきだ。ところが、小泉首相は8月3日になっても靖国神社参拝との関連を否定し、「スポーツは友好の祭典」「政治をスポーツに持ち込むべきではない」などと強調するだけだった。同じ日、自民党の一部議員は中国に抗議し、反日教育との因果関係を明らかにすることを日本政府に強く求め、中国の北京五輪開催能力についても、疑問を呈した。 中華民族は客人を歓迎する民族であり、主催国であるからにはなおさら、全参加チームと賓客を温かく迎える必要がある。中国のサポーターは、客人に対し良き主人として振舞わなければないし、そうすることができる。日本チームを含むすべての外国チームを尊重し、友好を示さなければならない。そうしてはじめて、アジアカップをアジアの諸国民を結びつける友好の祭典とすることができるのだ。 「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」であってはならない。小泉首相が中日関係を損ねることを顧みず、頑迷に靖国神社を参拝していることについては、中国政府と中国の人民は無論、断固として反対する。しかしこうした時であればこそ、得がたい中日関係の大局と中日両国人民の友情を、自分自身の目を大事にするのと同じように、さらに気遣い、大切にしなければならない。毛沢東や周恩来などの前世代の指導者は、この面でわれわれに良き模範を示した。彼らはスポーツにおける政治の重要性を特に重視していた。そうであればこそ、極めて困難な情況の中で「ピンポン外交」によって「小さなボールで大きなボールを動かし」、中米関係を打開できたのだ。中日両国の国交が正常化されず、岸信介内閣が「二つの中国」を推し進めていた時にも、周恩来総理は民間スポーツ交流による両国人民の友好強化を強く重視していた。1961年4月に北京で行われた第26回世界卓球選手権での、中日両国の選手による決勝戦は、無数の卓球ファンの熱狂を巻き起こした。周総理は多忙な中にあって、日本の卓球チームと特別に接見し、中日スポーツ交流への支持を表明した。周総理が日本チームの松崎君代選手を気遣った感動的な物語は、スポーツの美談として伝わっている。中国女子バレーチームの世界優勝も、当時の日本人コーチ・大松博文氏の指導と切り離して考えることはできない。 現在の中日関係は、われわれの代により新たな1ページが書き込まれることを必要としている。先日行われた大相撲中国公演は、すばらしい成功を収めた。8月7日のアジアカップ決勝戦が、中日友好交流の新たなスタートとなることを期待する。勝敗は一時的なものだが、友好は長く続く――これは、21世紀における国際スポーツ道徳の真髄といえるかも知れない。(編集NA) 「人民網日本語版」2004年8月6日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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