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  更新時間 :2005年04月16日07:51 (北京時間) 文字

日本はどのような反省が乏しいのか(評論)


  国連担当記者として働いていた3年間、筆者はいつもあの石の彫刻の前を歩いた。それはカトリックの聖アグネス像だった。彫像の右腕は切断され、全身が傷だらけで、背中には深い亀裂が走っていた。この破壊された彫像は何なのか。説明板には次のように記されている。「長崎、日本、1945年、この破壊された聖アグネス像は現地で被爆したカトリック教会の廃墟の中から見つかった。教会は米国の投下した原子爆弾の爆心地から約500メートルにあった。彫像の上のまだら模様は強い熱輻射によるもの」。

  あるオランダの作家はかつて日本人の第二次世界大戦に対する姿勢をドイツ人のそれとを対比したことがある。彼はこう指摘した。「ドイツ人にとって第二次世界大戦を理解する上で重要なのは、スターリングラード市街戦やベルリン陥落ではなく、アウシュビッツ収容所である。日本人の理解は真珠湾攻撃やミッドウェー海戦ではなく、広島の原子爆弾である」

  60年前の戦争が日本国民に大きな被害をもたらしたことは間違いない。しかし日本の侵略を受けたアジアの人民にとって、それは半分正しいとしか言えない。なぜなら日本こそが戦争の元凶だからだ。何百万という日本兵がアジア・太平洋地域で街を焼き払い、人々を殺し、略奪の限りを尽くした。彼らはファッシズムの残虐な実行者だ。日本列島全体が戦争の狂気に巻き込まれ、多くの普通の日本人もファッシズムの追随者になった。国連のあの風景は歴史の一断面ではあるが、多くのアジア諸国の記者は筆者とあの聖女像について語り合い、まったく同じ意見だった。

  ここ数年来、第二次世界大戦のもう一つの枢軸国であるドイツ国内でも当時の庶民の苦難の叫びが起こり、国際社会の理解を得た。なぜ自ら反省してきたと言っている日本人には、こうした理解が難しいのだろうか。数年前、筆者はニュルンベルクを訪れる機会があった。新しく建てられた「ナチス党大会会場資料センター」で、職員は筆者に彼らがいつでも専門家を組織して学生に当時のナチスの組織と宣伝の方法について説明していると教えてくれた。センターのパンフレットにはこう記されている。「パネルディスカッションの目的は小中学生にナチスの人を惑わす手段をはっきり知ってもらうためだ」。ナチスが普通の人々をどのように惑わしたかを人々に知ってもらうため、地元政府はツェッペリン閲兵場ホールで「洗脳と恐怖」展を開いた。展示会場では、当時ここで開かれたナチス党大会に多くのナチス青年団代表が参加、行進したと説明されていた。

  戦後、ニュルンベルクは「軍事裁判の街」になった。ニュルンベルク国際軍事裁判は全世界やドイツ人にもナチスの極悪非道で許し難い悪の姿をはっきりと見せつけた。しかし今から見ると、それは反省の第1段階に過ぎなかった。なぜそれほど多くの普通の庶民が意図的にナチスの追随者になったのか、進んで残忍悲道な大虐殺に手を染めたのか。「洗脳と恐怖」というこのテーマ自身が一つの警告である。ナチスには恐怖の一面があるだけではなく、ある種の十分に人々の心を引き付ける力があった。恐怖の力はまさにこうした洗脳力でもたらせるのだ。ドイツ人の反省は戦犯裁判をこうして乗り越え、人間性と民族文化の深い所へと向かった。それは当時ナチスへの追随に熱狂した多くの普通のドイツ人に心からの悔悟の気持ちを生んだ。まさにこうした反省があって、ドイツはナチス戦犯の追跡と裁判を今なお一貫して続けている。

  翻って日本を見ると、戦後の反省はこのような深い局面までにははるかに及んでいない。日本のファシズム軍国主義はドイツのナチズムと比べて勝るとも劣らないと言える。あのように普通の日本人の心を引き付けた洗脳力もドイツのナチズムと比べて大差はない。

  ファシズムが惑わす狂気と残虐性はもちろん十分に恐ろしいものである。だがもっと恐ろしいのは、第二次世界大戦終結から60周年がたつ今日、当時暴力を振るった者が狂気と残虐性を生んだ原因に対して相変わらず深く認識していないことである。原子爆弾の被爆は日本人の「洗脳と恐怖」への反省と引き換えられ、彼らに歴史の傷跡を覆い隠す口実をたやすく与えてしまい、まるで数十年前の狂気はもともと彼らのものではないかのようだ。これがまさに一部の日本人が今日依然として戦犯の功績や人徳をたたえる原因の一つだ。彼らは絶えず教科書改定で歴史を歪曲し、日本の一般市民の中にある一種の被害者意識を利用している。そうした一般市民の中にある被害者意識は右翼勢力が日増しに猛威を振るう社会的基盤となりつつある。国民全体の深い反省がなければ、心からの謝罪もあり得ず、右翼を誘発する土壌を一掃することもできない。かつて蹂躙されて悲惨な目に遭ったアジア人民は日本の将来にますます憂慮せざるを得ない。(筆者は前人民日報国連駐在記者)

  (編集ZX)

  「人民網日本語版」2005年4月15日



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