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  更新時間 :2008年05月12日14:54 (北京時間) 文字

中国乗用車50年の歩み 合弁時代(2)


  合弁生産による国産乗用車第一号「サンタナ」が1984年に中国の街頭にお目見えしたことは、すこぶる大きな反響を呼んだ。「上海」、「紅旗」、「東風」など旧式極まるブランド車を見慣れた中国人にとって、「サンタナ」は海外でかなり前に生産停止となっていた旧モデルだったとはいえ、本来の乗用車はこんなに先進的で改善が施されているという事実は大きな発見だった。フォルクス・ワーゲンが「サンタナ」の中国導入に成功したことで、中国市場参入に対するその他多国籍自動車メーカー大手各社の願望が誘発された。ゼネラルモーターズ、ホンダ、フォード、日産、トヨタが次々と後に続き、中国自動車産業における合資構造がついに完成に至った。

  国家は1984年、県・団級以下の部門に対する乗用車使用規制を解除した。この措置を受け、乗用車に対する需要急増の波が押し寄せ、生産が需要に追いつかない状況に陥った。これにより、数十万台の外国製乗用車が数年間にわたり、合法あるいは非合法ルートによって、続々と中国国内に入ってくる結果となった。

  中国共産党中央は翌1985年、「七五(第7次五カ年計画:1986−1990年)」計画を打ち出し、「自動車製造業を国家重要支柱産業とし、大きな発展に向け尽力する」方針を初めて明確に示した。

  中国の乗用車年間生産台数は1986年までの数十年間ずっと5千台前後だったが、この数字は1986年に倍増、初めて1万台の大台突破を実現した。上海汽車集団に続き、一汽集団や東風集団も海外自動車メーカーとそれぞれ合弁の道を進み、一汽、上汽および東風は国家計画による三大乗用車生産集団となった。(編集KM)

  「人民網日本語版」2008年5月12日



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