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  20030317日 1000


世論の後押しがなかったとしたら

 一部の新聞は、全国のあらゆるメディアが今回のようなニュースを取り上げるのは珍しいと報じている。事実に対する評論から、事実から読み取れる意義に至るまで、今回の事件に対する報道内容は実に幅広い。「華商報」は事件を最も早く伝えただけでなく、全国的に半年間続けて事件を報道し、マスコミと読者から高い評価を得、記者2人が「南方週末」が選ぶ「2002年度報道大賞」を受賞した。

 「南方週末」の評価によれば、「華商報」が自宅でのアダルト映画鑑賞事件について報道したことにより、国内メディアは公民の個人の権利と国家権力をめぐる問題に注目し、多くのメディアが連携して公民の権利の保護に努めた。また別の報道では「このVCD事件は中国報道史上及び司法史上に残るだけでなく、人々の心に永遠に刻まれることになるであろう。可能であれば、この事件を中国の公民の教科書に掲載することを提案する」と評価を受けた。

 事実、個人が国家機関を相手に戦う時、その立場は弱く、後ろ盾もない。「憲法」では確かに、「公民の権利は神聖で、侵してはならないものである」とされているが、実際に公民の権利が侵害された場合、どのように対処すればよいのだろう。この事件が仮にメディアによる関心を集められなかったとしたら、どのような結果に終っていただろうか。

 世論が全てを監督することは、もちろん不可能であり、その必要もない。しかし監督する権利を持たないとしたら、それは恐ろしいことである。この事件はわれわれにあることを教えてくれた。メディアの介入により事件解決の糸口を掴むのではなく、権力を握る機関が自らの抑止力で事件が解決されるべきだったのだ。

 

もし張さんが逮捕されていたら

 中国の「刑法」では、警察・検察・裁判所はそれぞれ互いを監督すべき関係であると定められている。相互監督も権力の抑止力のひとつである。今回のVCD事件では、検察院は法に基づいて自らの監督機能を運用し、逮捕を許可しなかった。これは最終的に職権濫用が抑制されたことを意味しており、事件の展開の中で見られる最大の安心材料であるといえる。

 一連の展開は多くの人々の注目を集め、このように報道するメディアもある。「個々の運命はわれわれ一人ひとりと関係がある。全ての人の運命はわれわれの運命と合わせ鏡のようなもので、われわれの運命を映し出している。延安の夫婦の運命は、われわれの呼びかけがなければ変わらなかったかもしれない。この事件の結果は、われわれ一人ひとりが個人生活の安定を維持するための保険となるであろう」。

 

 

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