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  2003年4月30日 11:00
死と隣り合わせのSARS治療
〜広州市第一人民医院・張積慧婦長の日記から(二)

2月20日 木曜日

 きょうもまた、倒れた医療関係者が運び込まれてきた。仕事はますます忙しくなり、残業時間も長くなった。点滴液の調合、静脈注射、吸痰、吸入治療、病状観察と記録、病床看護など看護婦の手足は休まる間がなく、退勤時には足がむくんでしかたなかった。病院側はわれわれに1日3食をしっかりと準備してくれるのだが、疲労は頂点に達し、空腹でも食事がなかなかのどを通らなかった。退勤後はただひたすら眠りたかった。たとえ10分でも、事務室の中でも構わないから。

 李看護婦長はこう言っていた。午後に受けた10本以上の電話のうち、1本が非常に印象に残っているのだという。それは看護婦の胡広平さんの母親からの電話で「うちの娘は何日も家に帰ってないんです。携帯も切ってあるし、いろいろ調べたらここにいるらしいことが分かったんです。元気かどうか、一言尋ねたいだけなんですよ」と心配そうな声だったという。

2月21日 金曜日

 われわれの病院から広州市伝染病院に応援で派遣されていた看護婦の梁健さんが不注意から発病してしまい、臨時診療区に搬送されてきた。同僚が先を争って、彼女を見舞ったところ、彼女は自分の状況について一言も語らなかった。そもそも、彼女が応援を命じられたとき、それを断るに足りる十分な理由があった。彼女はやせ型で体が丈夫なほうではなかった上、甲状腺障害がやっと治ったばかりだった。しかし、梁さんは親友の説得を振りきって、市伝染病院へと回った。

 私はこの闘いがほどなく終わり、病魔に苦しんだ患者が親族のもとに帰れると信じてやまない。大部分の患者の病状は好転し、きょう2人の患者が退院したことは闘いに初歩的な勝利を収めたことを証明している。

2月24日 月曜日

 きょうは共産党広東省常務委員会の蔡東士同志をはじめ10人が省委、省政府を代表して、我々を訪ね、「一切の代価と努力を惜しまず、倒れた医療関係者を救ってほしい」と訓示した。患者も「発病してから、家族も見舞いに来ないし、友人にも連絡を絶たれた。とても孤独で落ち込んでいたので、心が温まった」と感謝を述べた。

 ここに入院している30人余りの医療関係者は、ほんの半月前まで第一線の現場で闘っていた勇士達だ。1人の医師は「救命が第一だ。救命措置の最中に患者が強力な感染源であることに気を止めただろうか。勇士達はだから倒れてしまったんだ。病床に伏したある医師は夢の中でまで、『ホルモン剤増量・・・』などと寝言でつぶやいていた」と話していた。

2月25日 火曜日

 きょうは10人の患者が退院した。これには大いに励まされるし、立派な成績だと思う。有効な治療方法を見つけだすために、医師は全て病院に泊まり込み、いつでも患者を巡回できる態勢を取っている。彼らは収集した資料を分析、検証し、度重なる議論の中で治療方法を見つけだしていく。高熱が続いていた転院患者も、我々の治療で翌日には体温が下がり、症状が改善した。医師らはまた、患者に予想される併発症や再発の可能性にも気配りを忘れなかった。 

 
 
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