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  2003年4月30日 11:00
死と隣り合わせのSARS治療
~広州市第一人民医院・張積慧婦長の日記から(三)

3月3日 月曜日

 18日連続の勤務で、皆が心身ともに疲れていた。病院側はここ2日間、心理カウンセラーとして尹平医師をわれわれのもとに派遣してくれた。尹医師は集団講義の後で、個別のカウンセリングを通じ、精神的圧力の軽減に努めてくれた。本当に時宜を得た適切な措置だと思った。一部の医師と看護婦はそこで得た知識を患者にも伝えた。患者も心理的にちょうどまいっているところだったからだ。

 私はある医療関係者が病床にいる医者や看護婦を称えるために書いた手紙を読んだ。手紙は彼らを真の勇士として称賛していた。また、ある人は患者と握手を交わし、彼らを勇気づけ、またある人は隔離措置が許す範囲内で親族を病室に招き、こうすることで医者と患者の信頼関係は温かいものへと変わっていった。また、退院した患者から感謝の手紙や応援旗が送られてきたとき、われわれは喜びを禁じ得なかった。

3月8日 土曜日

 きょうは記念すべき日だ。朝早く、鍾維農医師と梁瑞梅看護婦長がカーネーションをいっぱい届けてくれた。趙主任の指示で、若くてハンサムな男性医師の黄侃さんが、病室の女性患者に3本ずつ配った。健康を取り戻してほしいとの願いが込められたものだった。病室からは「うれしいわ」「万歳!」などという歓声が漏れた。すると、趙主任は何かを思い出したかのように部屋を出ていった。そして、戻ってきたときには大きなバラの花かごを抱えていた。そして、主任が申し訳なさそうに「がんばっている看護婦の皆さんへ」と、皆から笑いがこぼれた。

3月10日 月曜日

 戦火がない戦場で、皆の闘志はますます高まっていった。過去22日間で、62人の患者を収容し、43人が退院した。院内での相互感染や、医療スタッフの感染もなく、闘いの初期段階は過ぎようとしていた。病魔が撃退されたその日を待って、われわれは100点満点の答案を提出できるだろう。

 ここ数日、病院の幹部がたびたび訪れ、油断せずに厳格な管理と消毒隔離措置を怠らないようにと注意を促した。王其敏院長は去り際に「自分を守ることは患者を守ることにつながる。患者を守ることはすなわち社会を守ることだ」との言葉をわれわれにかけた。

3月18日 火曜日

 王主任が「丸1カ月の闘いにおける君達の成績は病院にとって栄誉だ。闘いはまだ終わっていないが、君たちの一部には後方に退いてもらおうと思っている」と言うや否や、黄侃医師が立ち上がって、「王主任!私は男性で、体も丈夫。家庭の負担も重くありません。私を残して下さい!」と叫んだ。「君は2月9日に広州市第8医院から応援に来て以来、もう40日になる。先に休んでくれたまえ」「40日がどうだとおっしゃるんですか。私がダメだとでも?体には抗体ができているかもしれません。どうか女性医師を先に前線から外して下さい。彼女達には子供もおり、家庭の負担もあります。そして、勤務時間も決して短くない」——こうしたやりとりを聞いて、于暁春、鄭雲、郭群英さんら女性医師が異口同音に「私たちもここを去りたくありません。王主任の配慮を聞きましょう」と言った。言外の意味は勤務期間が最も長い男性医師に先に退いてもらおうということだった。この場にいた幹部らはこみ上げる涙をこらえきれなかった。

4月1日 火曜日

 これまでにわれわれは74人の患者を収容した。今は4人が回復を待つのみとなり、新たな入院者はいなくなった。広州市における新たな患者発生数も減り始め、SARSは確実に克服され始めた。しかし、香港では新たに患者が急増しているという。王其敏院長はわれわれに対し、「今の時期は決して油断してはならない。1人の患者も見逃してはならず、医療関係者に再び患者を出すようなことがあってはならない」と強調した。われわれが最後の勝利を収めるまでの道のりはまだ遠いようだ。

 
 
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