|
8月10日19時までに、チチハル市解放軍203医院は今回の「8・4中毒事件」の被害者34人を治療した。このうち、李貴珍さんは毒ガスタンクに接触していた時間が最も長く、中毒症状が最もひどい。李貴珍さんの妻、劉愛平さんによると、夫婦は数年前に河南省からチチハルに移住し、廃品回収で生計を立ててきた。8月4日、李さんは200元で金属製の缶5本を購入し、廃品買い取り所で切断したところ、漏れ出した液体でやけどを負った。
9歳の女児、高明ちゃんは最も若い被害者だ。毒ガスの液剤に汚染された土の周辺で友達と遊んでいたとき、不幸にも被害に遭った。彼女の左足には黄色い水泡ができ、母親が抱くか背負わないと移動もままならない状況だ。いつも薬を交換する際、苦痛の余り悲痛な叫び声を上げる。高明ちゃんの両親は失業者で、家庭は貧しく、母親の陳淑霞さんは当日120元の借金をして子供を入院させた。これまで子供に果物さえ買ってやることができず、泣いている母親を見て、高明ちゃんは「もしわたしがおてんばでなければ、土で遊んだりしなかったし、お母さんを悲しませることもなかった」と自分を責めている。
関係者によると、今回の事件が発生する以前にも、中国国内では日本が遺棄した毒ガスで2千人前後が相次いで被害を受け、その大部分は自分で生計を立てられない状況だという。
1974年10月20日、黒竜江省航道局(航路局)の職員、李臣さんとその他数名の作業員はちょうど船上で作業を行っていた。すると突然泥を吸い上げるポンプが故障したため、彼らは手動クレーンでポンプを吊り上げた。このとき、ポンプが毒ガス弾を吸い込んでいると誰が考えただろうか。壊れた砲弾から漏れた黒い液体は、李さんらの皮膚にかかった。
|