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問われる社会的責任
高学暦、鋭いビジネスセンス、環境の改善――。こうした条件の変化は、政府の政策に頼って頭角を現したベテラン富豪らに一つの事実をつきつけた。ベテランたちの考え方はすでに時代の潮流からかけ離れつつあり、リタイアを迫られているということだ。こうした世代交替は、富豪層全体の資質の底上げにつながるだけでなく、「成り上がり」という富豪たちに対するこれまでの概念を変える可能性もある。新顔の富豪たちのもともとの資産は、大部分が目に見える形で公正に蓄えられたものであり、社会に対するオープン度は明らかだ。
こうした1970年代生まれの富豪たちの活躍は、これまでになく同年齢の若者たちに富の存在を身近に感じさせ、今後も社会の中堅世代の富への欲求を大いに刺激することだろう。
しかし、われわれは富の獲得という理想の実現と同時に、「金持ちの道徳観(為富仁与不仁)」という古代からの命題を冷静に考えなければならない。保有する巨額な財産に気を取られて新世代の富豪たちが担う社会的責任から視線をそらしてはならない。富豪たちは自らの巨額の資産で社会に福祉をもたらすことができるが、反面で巨大な破壊作用を生むこともある。アジア開発銀行(ADB)中国代表部チーフエコノミストの湯敏氏は『財経』最新号で「一人当たりGDPが500〜3000米ドルという発展段階では、経済発展の均衡、社会秩序、心理的バランスを失いやすく、社会倫理の再建が求められる時期だ」という。中国の経済、社会の発展はまさにこうした危険な段階に入っている。
こう考えた場合、巨大な社会的資源を得た新世代の富豪たちはより多くの社会責任を担わなければならない。『財経』の特集「中国の未来の経済リーダー」は、「経済リーダー」について「各業界で抜きん出た存在であると同時により強い社会的責任感を備えているという点で、富豪とは区別される」と定義する。伝統的な考え方に挑む困難なプロセスであることは間違いないが、そうしてこそ、信用に足り責任を担うグループという中国の富豪の新しいイメージをつくることができる。これもまた、新世代の富豪たちが後進の模範として確立することが求められている点だ。
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